同窓会 (瀬崎)   

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今年はわれわれが大学に入学して50年目になるという。
ぜひ出てこい、との案内を受けて、大学を卒業して初めて同窓会に参加した。

会の前に、50年前に入学式がおこなわれた解剖講堂に集まるようにとのこと。
木造平屋のこの建物は、残存している医学部の建物では最も古いのだが、きれいに改修されて記念講堂医学部資料館になっていた。
そこの階段教室で現在の大学病院長が、医学部の現状について解説講演をしてくれた。

夕刻となり、会場である四条河原町の京料理店へ移動。
窓のすぐ外を鴨川が流れる座敷では、舞妓さん、芸妓さんが舞ってくれたり、酌をしたりしてくれた。

同期はたしか108人だったはずだが、今回の同窓会には50人が参加していた。
同じ科に進んだり、科は違っても同じ勤務先にいたことのある者を除くと、40年以上も会っていない奴ばかり。

かすかな面影が残っている顔もあるのだが、誰が誰やらさっぱり判らない。
お互いに名乗りあって、ああ、お前だったか。
話しはじめてみると、みな、結構昔のことを覚えている。ああ、そんなこともあったな。

驚いたことに、お前から詩集をもらったことがあったぞ、詩を書く奴が入学してくるんだと思って感心したことを覚えているぞ、という奴がいた。
うへえ、それは第一詩集「眠り足りない微笑」のことじゃないか。何も判らないままに思潮社から出したやつだ。そんなことを覚えていたのか。

まだ詩を書いているのか? ああ、去年出した詩集を送るよ。

京都の夜は悪酔いをしながら更けていった。


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# by akirin2274 | 2017-04-23 20:45

広島出張 (磯村)   

c0138026_21111615.jpg仕事関係の全国大会が広島であった。

1月に、年も明けたしそろそろホテルを予約しておこうと、いつもの予約サイトで検索したら、あれ?どこも満室?
4ヶ月も前なのに、その期間に空き室がある宿泊施設は超高級ホテルか老舗旅館ばかり。
あとはカプセル・ホテルだけ。
どうする?

いろいろと探して、広島から在来線で30分ほどの西条にホテルを取った。
東京では毎朝の通勤に1時間ぐらいかかる人もいるのだから、それを思えば会議の期間中ぐらい通えないことはないだろう。

さて、西条にいってみると、そこは清酒造りの街だった。
あちらこちらにレンが造りの煙突が立っていて、酒蔵通りという名の路地もあった。
会議に出かける前の時間を利用して、酒蔵通りでのスケッチもしてみた。

会議から引き上げてきての時間には、掘りごたつ風のお座敷カウンターの店で、目の前で揚げてくれる串揚げを味わいながらお勧めの冷酒をぐびりぐびり。
うん、こりゃ西条にホテルを取って好かったな。

ちなみに、同じ会議に出席した娘もホテルが取れなかった、と。
どうしたのかというと、娘は会議場近くの高級カプセル・ホテルに泊まっていた。
ちゃんと個室になっていて、大浴場や豪華なパウダー・ルームがあったりして、それなりに楽しかったようだ。

3日間も同じ会議に行ったのに、娘とは一度も会わなかった。
会議は12の会場で同時におこなわれていたから、無理もないか。

普段は5分の距離のところで暮らしていることだし、まあ、旅行中ぐらいは会わなくてもいいか。


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# by akirin2274 | 2017-04-17 21:15

正木山トレイルラン (磯村)   

c0138026_21375221.jpg正木山トレイルラン大会。ロングの部26.1kmに参加してきた。
制限時間は4時間20分で、3つの山を上り下りして、累積標高差は1000mちょっと。

スタートして2kmほどは山里の道を走る。
みんな始めから早い。文字通り最後尾をのんびりと走る。

この大会では最終走者にはボランティア・ランナーがついて走る。山の中で事故が起きたときの備えなのだろう。
で、今のところ、その最終ランナーであるわけだ、私が(笑)。

そしていよいよ急勾配の山道に入る。そのころまでには5人ほど抜かしていた。
300mほど上って古代山城の荒平城跡に着く。
さらにそこから500mの正木山頂上を目指す。

今日は雨が上がっていたが、昨日までは小雨が続いていたので、山道はぬかるんでいる。
赤土の斜面では泥が滑って足の踏ん張りが効かない。これは消耗するなあ。

正木山の頂上をすぎると、今度は下り。
泥で滑る滑る。油断をすると尻餅をつきそうになる。怖い怖い。

平地に戻ってきた地点ごとのエイドでは、水分補給をして、滴り落ちている汗で失った塩分を梅干しで補う。

さて、ここからは今度は古代山城のあった400mぐらいの鬼の身山へ。
そこからいったん駆け下りて、正木山の裾の方を越えて18kmぐらいで再びエイド。
そしてここからの2kmぐらいは舗装された道を駆け下る。
桜の名所でもある大野街道。桜並木は満開で、深い谷の向こうの山の斜面には山桜が満開。

次は沢登り道となる。谷川の傍らの道をよじ登るのだが、ここも泥で滑りやすくなっている。
う~ん、太股の踏ん張りが効かなくなってきたなあ。

200mぐらい上って、やっとあとは下りを残すばかりとなった。
実は2年前に初めて参加したときは、完走タイムは4時間15分と、制限の5分前のゴールで私のうしろには5人ぐらいしかいなかった。
昨年は4時間5分と、10分ぐらい短縮して、後ろにも大分の方がいるようになっていた。
そして今年。このまま頑張れば、なんとか4時間を切れるかもしれないぞ。

ということで、3時間55分でのゴールだった。
1年ごとの加齢を考えれば、よくやったと自我自賛。

あとでチェックしてみたとところ、私の後ろには60人あまりの方がいた。うん、よくやった。


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# by akirin2274 | 2017-04-09 21:41

大岡信氏ご逝去 (瀬崎)   

大岡信氏が86歳でご逝去されたことを知った。
しばらく前から体調を崩されているとのことは知っていたが、とうとう、という気持ちである。

詩作においても評論においても、大岡氏は大きな功績を残した。
しかし、氏が一般の人にも広く知られるようになったのは、やはり朝日新聞に連載した「折々のうた」に拠る面も大きいだろう。
私も毎朝の新聞ではその小さな欄から読んでいたものだった。

実は、私の妻は短歌を作る。
2冊の歌集も出しているのだが、その第1歌集「雲の艦隊」(砂子屋書房 平9年)に載せた歌が「折々のうた」に採用されている。
忘備のために以下に引用しておく。

  「今日僕は」で日記は今日も始まれりこの少年も老い易からむ

「日記をのぞき見している作者は、他の作品から見るにこの「少年」の母である。夏休み後学校へ提出する日記だろう。だれにも覚えのある同じ書き出し「今日僕は」。それを見ながら作者の連想は「少年老い易く学成り難し」という例の有名な教訓詩へ飛んだのである。ここにはわが子のいとおしさを思う気持ちが畳みこまれている。ただ、子供が気付いたら怒るだろうな。」

「折々のうた」は新聞連載後には岩波新書にまとめられているので、妻の歌もこうして確認することができる。

ちなみに、この「少年」はその後、私と同じ医者となり、今は3人の子供の父親になっている。


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# by akirin2274 | 2017-04-06 21:58

詩誌「交野が原」 (瀬崎)   

c0138026_21211482.jpg金堀則夫氏から「交野が原」82号が届いた。

今号も32人の詩作品、5編の評論・エッセイ、それに9編の書評を収めて、読み応えのある詩誌となっている。

八木幹夫「さみしいゆめ」のやわらかい叙情、中本道代「歳月」の引きしまった叙情、それにいつもとはいささか趣を異にしている海埜今日子「S区白濁町」の混沌とした叙情に、それぞれに惹かれた。

苗村吉昭は「大野新ノート」を連載している。
8回目の今号では大野氏の逝去後に刊行された全詩集を紹介していた。
大野氏には私も学生時代に何度かお目にかかっている。
これまでの詩集には収載されていない作品についての紹介は興味深いものだった。

書評では、阿部日奈子が北原千代詩集「真珠川」について書いた「理性の外にひろがる沃野」を面白く読んだ。
今年のH氏賞を受賞したこの詩集については、私も2ヶ月ほど先にスピーチを依頼されている。
私の読みとの違いが参考になった。なるほど。

拙ブログ「瀬崎祐の本棚」には、北原千代「雨の木」、斎藤恵子「似合わないのに」、草野早苗「傘の行列」の簡単な感想を書いた。

瀬崎は「うりざね」を発表している。
なぜか書けてしまったという作品で、だから自分でも何を書いているのか、よく判らない。
軽妙さは出せているのではないかと、これは自画自賛。 


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# by akirin2274 | 2017-04-05 21:26

トレイルの練習 (磯村)   

c0138026_23583411.jpg1週間後に「正木山トレイルラン大会」がせまった。

冬の間は軟弱に室内ジムのトレッドミルでお茶を濁していたから、少しは山道の練習をしておかなくては。
ということで、気持ちの好い土曜日の午後、福山へ出かける。

福山城という山城があった300mあまりの小高い一帯には、山頂に至る1200段の木組みの階段道や、ぐるっと迂回する登山道などが整備されている。
麓の駐車場には、山歩きに来ている人の車でほぼいっぱいだった。

私は一応トレイルの練習なので、ウルトラ・マラソン用のソウルの厚いジョギング・シューズにランニング・パンツ姿。
嶮しい上りではすぐに息が切れてしまう。少し走っては歩いたり、気を取り直してまた走ったり・・・。

すれ違ったり、追い越したりした人は、皆さん、きちんとした山歩きスタイルだった。短パン姿なんて私だけだった。

それでも浅原コースから山頂を経て、西武コース、幸山コース、下の横道コースを通って、1時間半ほど、気持ちのいい汗を流した。
近くの国民宿舎にある温泉に入って、さあ、これで来週は頑張れるかな。


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# by akirin2274 | 2017-04-02 00:02

ペンネームの話 (瀬崎)    

「四土の会」があり、今月は私が少し話をした。
で、会の後はいつものように飲み会となる。今回はイタリアンで、ピザやパスタ、生ハムなどをつまみながら、とりとめもなく。

ペンネームの話となった。
私の”瀬崎祐”はもちろんペンネームで、身近な方では秋山基夫氏、岡隆夫氏などがペンネームを使っている。
なぜ、ペンネームを使うのかといえば、私の場合は”現実世界での私”とは異なる次元で作品と向き合いたいからに他ならない。

秋山氏は、若い頃に戯曲を書いたときは違うペンネームを使った、とのことだった。
そういえば、私も違うペンネームを1回だけ使ったことがある。

学生の頃には「現代詩手帖」の投稿欄に投稿していたのだが、その後、詩集を出してからは投稿はしなくなっていた。
しかし、詩集を出したあとに、自分の詩はこれでいいのだろうか、という不安があった。

そこでもう一度投稿欄に作品を出してみようと思った。
しかし、思潮社から詩集を出してしまったあとで、”瀬崎祐”の名前で投稿するのも恥ずかしい。
ということで、別のペンネームを使った。

忘れもしない、”江﨑夏実”というペンネームだった。

その名前で投稿した作品は、無事に投稿欄に掲載された。
思いがけないほどに、選者の某氏にもかなり褒めていただけた。

で、投稿はその1回だけしかしなかった。
それから私は20年近く詩を書かない時期に入り、”江﨑夏実”も二度とあらわれることはなかったのである。




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# by akirin2274 | 2017-03-26 18:41

「シャセリオー展」 (磯村)   


c0138026_22222592.jpg上野・国立西洋美術館でシャセリオー展を観てきた。

副題は「19世紀フランス・ロマン主義の異才」ということだが、実はテオドール・シャセリオーについてはよく知らなかった。
しかし、あのギュスターヴ・モローに影響を与えた画家ということで、興味を引かれた。

アングルに11歳で入門を許された早熟の天才といわれただけあって、その人物画には内面の深さがにじみ出てくるような深さがあった。

油彩の他に黒鉛の素描や水彩画、エッチング、リトグラフも展示されていた。
水彩画では、風景画にはそれほど感心しなかったのだが、人物画になると圧倒される技量だった。
抑えた色数で塗りもあっさりしているのだが、その陰影などから奥行きのある絵となっていた。
青灰色の紙に黒鉛で描かれた素描でも、白のハイライトを入れただけで人物が生きていた。

アルジェリアに旅行をした彼は、オリエンタル衣装の女性なども描いている。
パンフレットに拠れば「甘く寂しいエキゾチズムの香りこそが彼の本質である」とのことだが、なるほど、上手い表現だ。

関連作品として、モローの絵も大きな油彩画から小さな素描まで7点が展示されていた。
水彩画も2点が展示されていたが、水彩でここまで描けるのかと感嘆してしまう。

それほど期待せずに行った展覧会だったが、感じるものが多々あった。


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# by akirin2274 | 2017-03-22 22:26

川中子義勝氏の退職記念行事 (瀬崎)   

詩誌「ERA」を編集してくれている川中子義勝氏は、東京大学大学院総合文化研究科教授でもあった。
定年退官をされるということで、その記念行事が東大駒場であった。

最終講義は「駒場での学びから -詩と宗教をたずねる途上で」。
ヨハン・バッハのカンタータなどをとりあげて、宗教詩を考える内容だった。
講演は、「ERA」の創刊時からお世話になった中村不二夫氏と一緒に拝聴した。
講演が終わると、川中子氏のお孫さんが花束を贈っていた。好いなあ。

夕方からは記念パーティがおこなわれた。
川中子氏は日本詩人クラブの理事長をされたりもしていたので、出席者には詩の関係者が多くみられた。
奥様をはじめとしたご家族も来られていて、和やかな会だった。

「ERA」の同人、元同人も10人近くが参加していた。
久しぶりに岡野絵里子氏とも少しゆっくりと話すことができた。

これまでいろいろと川中子氏が便宜を図ってくれて東大駒場の会議室などを利用させてもらっていたが、これからは駒場に来る機会も少なくなるのだろう。

終了後は、田中眞由美、吉野令子、田村雅之各氏と線路を越えたところの(東大前商店街という通りがあった)居酒屋で飲んだ。
これからの詩誌のあり方や、詩人の噂話など、たわいのない事柄でうだうだと。


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# by akirin2274 | 2017-03-19 10:26

祝受賞 (瀬崎)   

身近な方の受賞の報に接するとうれしくなる。

今年の日本詩人クラブ賞は、詩誌「どぅるかまら」でご一緒している岡隆夫氏の詩集「馬ぁ出せぃ」だった。
早速お祝いの電話をかけたところ、岡氏の声も弾んでいるようだった。

岡氏には私が岡山で詩を書きはじめた頃からお世話になっている。
私の日本現代詩人会や日本詩人クラブ入会の推薦人も、岡氏になってもらっていた。
今年夏の恒例の「どぅるかまら出版・受賞祝賀会」でお祝いをしなくては。

と思っていたら、今度はH氏賞に、詩誌「ERA」でご一緒している北原千代氏の詩集「真珠川」が決まった。
早速お祝いのメールを出した。

今回の詩集は第4詩集にあたるが、北原氏の作品は第3詩集の「繭の家」の頃から飛躍的に魅力を増したように感じている。
(ちなみに、詩集タイトルにもなっている作品「繭の家」は、拙個人誌「風都市」19号に寄稿してもらったものだった)

こうして知り合いが受賞されると、私も何か賞が欲しいなあ、と思ったりもする。
しかし、これは結果として付いてくるものであるし、思ったところで詮ないことである。

それに詩人クラブ新人賞やH氏賞、その他の賞の選考委員をした経験から感じたことは、受賞には本当にそのときの運が関係してくる、ということだ。
選考委員の顔ぶれが代わっていれば、受賞詩集も当然代わっていただろう、と思うのである。

詩集賞はそういったものだと思いつつ、岡氏、北原氏の受賞を素直に喜びたい。


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# by akirin2274 | 2017-03-12 22:30