「現代詩手帖」年鑑を読んでいて (瀬崎)   

「現代詩手帖」年鑑を拾い読みしていた。

鈴木志朗康の「極私的ラディカリズム」の一節が目に留まった。

  身体のカオスから出てくる言葉。
  言葉で時間を刻む。単語の数が生きている時間だ。

すごいなあと思う。こんな風に考えて生きているのだと思う。
私にも、詩を書かなければ私ではない、という程度の矜持はある。少なくとも今の私ではない。
さらにすすむためには、どんな言葉を発すればよいのか?

野木京子「どの人の下にも」を読む。
詩誌「スーハ!」で読んだときにも唸った作品だ(思わず座り込みそうになった)。
この言葉、というよりも、言葉が絡み合って形作っている異世界の重い存在感はどうだ。

  天空には水鏡なんかなかったさ、と
  石たちが声を出した
  来る途中にそんなもの、なんにも見なかったさ

私を前にすすませる言葉は、どの亀裂を覗きこんだらあるのだ?
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by akirin2274 | 2009-02-09 08:58

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