秋山基夫という人 (瀬崎)   

身近に敬愛できる詩人がいるということは、大変に幸せなことだ。

私は20年近く詩の世界から遠ざかっていた。
詩の世界に戻ってきたときは、周りに誰も知り合いはいなかった。
妻の知人(故・三沢浩二氏)が声をかけてくれて、初めて岡山詩人協会の集まりに参加した。
今から15年前のことになる。

そのときに隣の席にいた女性から、あなたはどなた?と訊ねられた。
その女性も数年前に詩を書き始めたばかりで、あまり知っている人がいないのだと言っていた。
それが斉藤恵子氏だった。

しばらくして、当時、詩誌「詩脈」を発行していた岡隆夫氏から、自宅の農園でワイン・パーティをやるからいらっしゃいと誘ってもらった。
ワインにつられてふらふらと出かけ、自然に「詩脈」にも参加させてもらった。

岡山には、当時「火片」「黄薔薇」「裸足」「道標」といった同人誌もあったのだが、合評会の後に酒席があるのは「詩脈」だけだった。
もちろん、それだけが「詩脈」を選んだ理由ではないのだが・・・。
そしてそこに秋山基夫氏がいた。

合評会での秋山氏の発言はとにかく辛辣である。
しかし、実に深いところを突いてくる。なるほど!と思わされる。
詩の読み方は秋山氏に学んだ部分が少なくない。

それ以上に、秋山氏の作品には唸ってしまう。
個人の情動から始まりながら、次第に個人的なものを捨て去って普遍的なものへと変容していく。
詩の書き方も秋山氏に学んだ部分が少なくない(・・・かな?)

秋山氏は本当に詩という表現形式を愛しているのだと思う。
数年前までは詩のカルチャー教室を熱心におこなっていたし、今も「四土の会」というオープンな詩の勉強会を主催している。

一昨年に「薔薇」という詩集を出したと思っていたら、今年は「十八星宿」「宇津の山辺」という2冊の詩集を出した。
さらに「引用詩論」という、破天荒な詩論集も出した。
これが80歳を過ぎた人のすることかと思うほどに精力的な創作意欲である。

昨年は日本現代詩人賞の選考委員長を務めていた。
私の拙詩集「窓都市、水の在りか」も候補詩集のひとつだったのだが、選考の後でひとこと「もうひとつだったな」とぽつりと言われた。
はい、その通りです。
[PR]

by akirin2274 | 2013-08-22 23:05

<< 日本現代詩人会総会 (瀬崎) エレーナ・イシンバエワ (磯村) >>