「ほっ」と。キャンペーン

四土の会 (瀬崎)   

詩の勉強の会である四土の会では、毎年秋に外部講師を呼んでいる。
今回は細見和之氏に来てもらった。

大阪文学学校の校長であり、詩誌「ビーグル」の編集委員の一人でもあるのだが、本業はドイツ思想で、この4月からは京大文学部の教授になっている。

先年、石原吉郎に関する評論集を出されていたので、その周辺の話になるかと思っていたのだが、タイトルは「「パウル・ツェラン 「死のフーガ」の成立過程をめぐって」であった。
現在研究中のものだということで、まだ実証ができていないので学術的にはまだ何も言えないのだが、詩人の皆さんだったら実証を飛ばしてでも私の言いたいことが判ってもらえるのではないか、とのことだった。

要点は、有名なツェランの「死のフーガ」には先行する作品があったのではないか、ということ。
ツェランのそれは90行のしっかりとした作品だが、使われている語句、詩われている内容まで類似したヴァイスグラースという人の「彼」という20行の作品があるのだ。
世界中の学舎がどちらが先かを研究しているという。

細見氏の着目点が面白い。
「死のフーガ」を読んだあとに、詩人たるもの、「彼」のような作品をわざわざ書くと思いますか?
これには、なるほど、であった。
しかし、学術的にはこれが判断基準にはならないことも自明だ。

田村隆一の有名な「立棺」では、鮎川信夫の「裏町にて」に出てくる”立棺”という言葉や、中桐雅夫の作品の「わたしの屍体を地に寝かすな」という詩行が先行していたことは、田村自身が明かしている。

まねびなのか、本歌取りなのか、倣いなのか、それとも剽窃なのか。考え始めると面白い。

そのあとの飲み会では細見氏を囲んで、秋山基夫氏、斎藤恵子氏と一緒にうだうだと。
[PR]

by akirin2274 | 2016-09-27 20:22

<< 新庄・蒜山 スーパー・トレイル... 秋の行事 (磯村) >>