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エイミー・ベンダー (瀬崎)   

朝日新聞の日曜欄を見ていたら、エイミー・ベンダーの「燃えるスカートの少女」が角川文庫に収められたことが載っていた。c0138026_2146769.jpg
これでこの本もいろいろな人の眼に触れる機会が増えたと思うと、嬉しい。
以前にこの「日録」でも書いたが、それほどにこの本は素晴らしい。

嶽本野ばらが書いている単行本の帯文には、「痛みと共にやがて少女は結晶となり、不可思議に発火する」とある。
嶽本という作家のことはよく知らないのだが、この一文はなかなかにこの本の特徴をよく捉えている。
ボストン・グローブでは、「ときに、あなたは涙を流さずにはいられない」と紹介されたらしい。

16編が収められた短編集である。
どれもが、ある感覚、ある感情が極限に露呈するような状況が展開される。
それが切羽詰まったものであるほど、身が切り裂かれるような痛みがあり、やはり悲しいのだ。
ここ数年間でのわたしの一番のお勧め本である。
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by akirin2274 | 2008-01-29 20:30

迷う、迷う (磯村)   

永年の夢であったプロジェクターを、ついに購入しようかと考えている。
荷物置き場として使っている屋根裏部屋を片づけて、ここを秘密のマイ・映画館にするのである。

TVとは違うぞ。やはりスクリーンに映写してこそ、映画というものだ。
その日に備えて、これはと言う映画のDVDを400本近くストックしてある。
これからは好きなときにアラン・ドロンでも、JLゴダールでも観ることができるぞ。
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しかし、屋根裏部屋である悲しさが判明した。
片流れの屋根の影響で、100インチのスクリーンが設置できない、80インチが限界であることが判明した。

でも、なんといってもスクリーンに映写して見る映画だ。
どのプロジェクターにしようか。
音響は5.1サラウンドにしようか、それとも配線の容易な一体型にしようか。
迷うぞ、迷うぞ。
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by akirin2274 | 2008-01-26 23:47

北園克衛論 (瀬崎)   

今度の「四土詩集Ⅲ」には、これまで勉強会で行ってきた詩人論のまとめを、各自が書くことになっている。c0138026_225916.jpg
瀬崎が担当したのは、高村光太郎と北園克衛だったのだが、どちらかを選ぶとなれば、そりゃあ北園の方が書きたいことがたくさんある。

瀬崎が高校生となり詩らしいものを書き始めたころ、モダニズムなんてものも知らないままに、北園の初期作品の美しさに陶酔していた。
とくに「円錐詩集」から「夏の手紙」「サボテン島」あたりまでの作品はむさぼるように読み返していた。
そして、形ばかりを真似したような詩を書いたりもしていたのだ。

だから、今でも、あのころに身についてしまった美意識が、ことあるごとにあらわれようとする。

思い入れが強すぎて、なかなか原稿が書けなかったが、やっと脱稿した。
こんな北園克衛論を、四土の会の皆さんは感心してくれるでしょうか。

(写真は、今でも捨てずに持っている昭和29年発行の全集の1冊)
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by akirin2274 | 2008-01-23 22:06

永遠のライバル (磯村)   

本社の新社長・就任祝賀会へ出席してくる。
京都の寒さはどれほどかと、覚悟して出かけたのだが、雪の積もった岡山の方がよほど寒かった。

祝賀会のテーブルは入社年次ごととなっており、同窓会を兼ねたような雰囲気であった。
同期で、永年のマラソンのライバルであるS君と久しぶりに一緒になる。
S君は関連会社の社長になってからというもの、忙しくてジョギングもできない日々とのこと。

もう3年ぐらい、マラソン大会に出てへんなぁ。もう走れんわ。
おいおい、そんな寂しいことを言うなよ。

むなしい慰めの言葉。
ときおりS君の談話がマスコミで報道されるような厳しい業界の情勢であるからなあ。

いつかの日に二人で、いつかはサロマ! と約束したのだったが・・・。
 (註:サロマ・ウルトラ・マラソン 100km のこと)
お前が仕事にかまけている間に、俺はもう「しまなみ・ウルトラ」を走ってしまったぞ。
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by akirin2274 | 2008-01-20 23:05

ぬるい映画 (瀬崎)   

このところに観た日本映画は、「間宮兄弟」、それに「虹の女神」。
どちらも最後まで退屈することなく観ることができた。
しかし、どちらも、なんとなくぬるい。

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c0138026_22282780.jpg特に「間宮兄弟」は、事件らしいできごとが起こるわけでもなく、それなりに「良い人たち」の生活がそれなりに描かれている。
江國香織の原作は読んでいないのだが、彼女の作品であるから、映画にすればこんな風になるのかなあ。

ぬるい、というのは、別に不快な感覚ではない。
どちらかと言えば心地よい。
ぬるいお風呂というのは、別にとりたてて入っていなくても良いのだけれども、出ると寒いので、なんとなくいつまでも入っている、そんな湯加減である。

しかし、「虹の女神」はよく考えれば、恋感情のすれ違いのままでヒロインが事故死をしてしまう悲しい筋立てである。
若い人たちの感想には、号泣しました、と言うのが結構ある。
それを、ぬるい、と感じてしまうのは、温度を感じる私の感性が鈍感になってきているのだろうか。
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by akirin2274 | 2008-01-19 22:05

青いペルソナ・緑のペルソナ (磯村)   

c0138026_22271627.jpg岡山駅裏の画廊へ水彩画展を見に行ったついでに、「インカ・マヤ・アステカ展」も見てくる。
中南米の三大文明の遺産ということで、かなり評判になっている展覧会だ。

たしかに凄い。
密林のなかに突然あらわれる階段状ピラミッドで有名なマヤ、湖の都市のアステカ、天空の都市・マチュビチュで有名になったインカ。

抽象的な形の眼と牙を持った青いお面が展示されていた。
何も見ていないような空虚な眼である。
どこまでも突き抜けていってしまいそうな、洞窟のように何でも呑み込んでしまいそうな眼である(ポスター左から2番目)。

しかし、もっと凄かったのはリアルな翡翠のお面である。
皮膚に当たる部分は翡翠の細片で覆われていて、緑色である。
その中から表情を失って、ひたすらこちらを見つめて続けている眼がある(ポスター一番右側)。

この眼はまばたきをすることもなく、千年以上も見開かれていたのだな。
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by akirin2274 | 2008-01-14 22:30

展覧会 (磯村)   

会社の中にあるギャラリーで展覧会を行うことになった。c0138026_2122522.jpg

元・副社長が趣味で油絵を描いているのだが、二人展をやりませんか、と持ちかけてきたのだ。
厚生課も、会場とか案内状とか、全部準備しますよ、といってくれたので、では、ということになった。

会社の中のギャラリーといっても、スペースはかなり広い。
よく街中でみかける個人のギャラリーの数倍のスペースはある。
場所も喫茶コーナー、広い待合いロビーに隣接していて、なかなかに条件はよい。

それに、従業員2800人の会社であるし、毎日3000人のお客さんが入れ替わりでやって来る会社なので、結構見てくれる人も多いのではないかと期待できる。
会期も2週間とたっぷりとってもらった。

20点ぐらいを展示しようかと思うのだが、さて、どの絵にしようか。
額縁を用意しなくてはならないなあ。
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by akirin2274 | 2008-01-12 21:24

四土詩集Ⅲ  (瀬崎)   

「四土詩集Ⅲ」の締め切りが近づいてきた。
参加者は自由に自分のアンソロジーを組み立てて掲載すればよろしい、ページ制限はありません、というのが、四土詩集のやり方。
さて、何を載せようかと詩集未収載の作品を眺めていたのだが、ふっと、書き下ろし新作4編を載せようと思い立った。

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さっそく構想を練る。
今回は、あまり物語性にとらわれない、ということは、具体的な形にとらわれない、形が作られる前段階のものを取り出してみようと考えた。
泥状のものをかき混ぜて、そこにあらわれる色調のようなもので作品を構成してみたい。

持ち寄り会の26日までに4編が書き上がるか?

実は昨日、一昨日の2日間で「貝」「野」の2編を書きあげたのだ。
残りの2編は「怒」「志」となる予定。さて・・・。

(写真は、表紙のどこにも題名が書いてない「四土詩集Ⅱ」)
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by akirin2274 | 2008-01-09 00:44

新たなライバル (磯村)   

ロッカールームで着替えていると、他部署の第2部長と出会った。
どうですか、その後、走っていますか?
ああ、今年も丸亀ハーフに出るんですね。

彼とは、昨年の丸亀ハーフマラソンのスタート地点で偶然に会ったのだ。
お互いにジョギングをしているなんて知らなかったので、お互いにびっくり。
聞くと、1年前からジョギングを始めていて、その日が初めての大会参加とのことであった。
磯村より一回り若く、ランシャツにタイツ姿でびっしりと決めていた。
こりゃ、ベテランの意地にかけて一泡吹かせてやらなくては・・・。

結局昨年は、折り返し地点でなんとか数百メートルのリードをしており、ゴールタイムでも5分あまりの差を付けることができた。

さて、今年は・・・?
年齢の差を考えれば、さすがに今年は抜かれるだろうな。
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by akirin2274 | 2008-01-07 00:25

「ほとんど記憶のない女」 (瀬崎)   

c0138026_1035164.jpg「リディア・デイヴィスの「ほとんど記憶のない女」を読んでいた。
とりとめにない話が、脈絡もなく(!)集められた短編集である。

火事で焼死した伯母の交際相手を捜して何週間も街中をさまよう話(巡り会ったのは、彼が男たちに囲まれてなぶり殺しにされるところだった)や、ロイストン卿と名乗る人物がロシアを旅する話(最後に船が転覆して、卿は海中に消える)などなど。

そんな、まともな(!)短編もあるのだが、もっと面白いのは半頁ほどの長さの断章の数々である。
たとえば、たった6行の作品「下の階から」の始めの1文はこうだ。
「もし私が私でなく下の階の住人で、私と彼が話している声を下から聞いたなら、きっとこう思うことだろう、ああ私が彼女でなくてよかった、(略)」
そして、こんな風に終わる。
「(略)彼女でなくてよかったと喜ぶことのできないこの上の部屋にいることを、私は悲しんでいない。」

さて、これが散文詩でなくて小説だと、誰が規定するのだろうか。
小説を書くように散文詩を書くことは可能だろうか。
そんな区別をする意味はない、と思ってみたり、詩は理念として詩であるべきだ、と思ってみたり。
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by akirin2274 | 2008-01-05 10:37