「ほっ」と。キャンペーン

<   2009年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧   

身体不調、作品好調 (瀬崎)   

「日本詩人クラブ岡山大会」、「どぅるかまら 各賞受賞・詩集出版祝賀会」とつづいて、自分ではそれほど自覚していなかったのだが、かなり疲れが溜まっていたとみえる。
40度の発熱をきたして、ダウンした。

身体がだるくて、まったく動けない。
午前中で仕事を終えて、あとはひたすら安静臥床している。
こんなに高熱が出たのは学生時分に一度あって以来のことだ。

それなのに、作品の方は絶好調で書き上がっている。
「Moderato」に依頼されていた短い作品を岡崎葉氏に送った、「岡隆夫詩集」の解説を土曜美術社出版販売に送った。
金堀則夫氏から依頼されている「交野が原」の作品も、傑作がほぼ書き上がった。
「風都市」20号用の作品も、こちらは実験的な意味あいも大きいのだが、意欲作ができあがりつつある。

頭がぐらぐらとして、朦朧状態なのだが、脳細胞がいろいろな世界を彷徨っているときの方が作品は生まれやすいのだろうか。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-25 00:38

出版・受賞祝賀会 (瀬崎)   

c0138026_1241916.jpg「どぅるかまら」6号ができて、その合評会が倉敷で行われた。
次号からの新規会員となる小山淳司氏も顔を見せる。
これでタエイリエ、郡弘暢とそろった若手三羽がらすのパワーに期待したい。

3時からはアイビー・スクエアに移動して「どぅるかまら 詩集出版・各賞受賞祝賀会」。

岡隆夫氏の「地域文化功労賞文部化学大臣表彰・現代詩部門」受賞、
川井豊子氏の詩集「スクラップーに捧ぐ」出版および「岡山県文学賞撰現代詩部門佳作」、
斎藤恵子氏の詩集「無月となのはな」出版および日本詩人クラブ新人賞受賞、
沖長ルミ子氏の詩集「吹き上げ坂を上ると」出版。

こうしてみると、「どぅるかまら」同人はみな頑張っている。励みになる。
瀬崎は司会を担当したが、会は30人あまりの、親近感のあふれる良い会であった。

二次会には20人ほどが流れて、うだうだと話をする。
詩誌「黄薔薇」の高田千尋氏が快気炎であった。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-21 12:05

腰痛が・・・ (磯村)   

今月は忙しいわりには順調に走行距離を伸ばしていたのに、なんということか、腰痛!

一度座ると、痛くて立ち上がれない。
歩くのも、妻に呆れられるぐらいに猫背のお年よりスタイル(痛くて背中が伸ばせないため)。

仕方がなく整形外科に。
おや、磯村さん、どうしました?(家族はよく受診しているのだが、私は初めてだった)

診察を受けて、レントゲンを撮ってもらったりして。

ところで病名はなんですか?
脊椎管狭窄症です。
ああ、歳をとるとやられるあれですね。そうですか、脊椎管狭窄症ですか~。

見せてもらったレントゲン写真も確かに腰椎の4番目と5番目の間隙が狭くなっていた。
はあぁ~、歳かぁ~。

ジョギングしてもいいですか?
痛い間はいけませんよ。痛みが取れればゆっくりとはじめていいですよ。腹筋と腸腰筋を鍛えて下さい。
そうか、気が向いたときだけ腹筋運動をしていただけでは駄目だったんだな。

はあぁ~、歳かぁ~。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-18 21:40

日本詩人クラブ岡山大会 (瀬崎)   

日本詩人クラブの岡山大会がぶじに終わった。
最後の申し込みは大会の二日前にもあったし、前日までキャンセルの連絡が入ってきたりして、当日までどうなるかと思っていた。

幸い大会は160人以上の参加で、会場はほぼ満席の状態であった。
招待者の中には大原美術館の大原謙一郎氏もいたのだが、受付で、おや、**(瀬崎の本名)、どうしてこんなところに? と言われてしまった。

懇親会に100人あまり、二次会にも60人あまりの参加があり、準備をした者としては嬉しかった。
最後は15人ほどを引き連れて夜の街へくり出したりもして、帰宅したのは深夜を過ぎていた。

翌日は50数人で大型バスをチャーターしての吉備路観光。
これも天気に恵まれて、雪舟ゆかりの寺や古墳を散策できた。

大勢の方と会うことができ、詩についてのことや、詩とは全く関係のないことや、話まくった2日間であった。
井奥さん、なんばさん、岡さん、お疲れさまでした。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-16 00:09

投稿青年だったころ (瀬崎)   

先日、岡野絵里子氏と雑談していたときに、そういえば鈴木東海子さんが昔の「現代詩手帳」で瀬崎さんの名前を見たと言ってましたよ、ときかされる。
へえぇ、いつ頃の「手帳」なんだろう?
たしか60年代だったと言ってましたよ。

ああ、それは学生時代に「手帳」の新人欄に投稿していた頃のはなしです。
若かったころの話です。

高校時代を送った地方都市では「手帳」なんかは手に入らなくて、修学旅行で出かけた京都の書店で買った事がある。
だから、大学に入ってからは、夢中になって「手帳」を読んでいた。
新人欄にも熱心に投稿していた。

しばらく前にも、川邊由紀恵氏から、夫が古本屋の「手帳」で瀬崎さんの名前を見つけていましたと言われていた。
大学を卒業して詩を書かなくなり、そのころの「手帳」はすべて処分してしまっていたから、自分でもそんなことはすっかり忘れていた。


同じ頃に「ガロ」という漫画雑誌には林静一の「赤色エレジー」が連載されていた。
「ガロ」は感想文の投稿を送って採用されると、半年分の「ガロ」を無料で送ってくれた。
だから半年経つと感想文を書いて、ずっとただで「ガロ」を読んでいた。

雑誌に連載された「赤色エレジー」は全11回分を切り抜いて自分で製本した。
だから(おそらく)世界で1冊だけのB5版の「赤色エレジー」を、今でも持っている。 
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-12 14:09

「ERA」合評会 (瀬崎)   

c0138026_0121580.jpg先週末に東大駒場で「ERA」Ⅱ-2号の合評会が行われた。
今回から新しく同人に加わった井手ひとみ氏、ゲストの坂井信夫氏を含めて14名の出席で、夕方まで各自の作品についてみっちりとやりあった。

今回の瀬崎の「螺旋」に対しては、第2連ではこんな風にもっと膨らみを出してはどうか、という中村不二夫氏の発想の転換を示唆してもらったのが有意義であった。
また、最終部分については、強制終了してしまっているという意見や、いや、これでいいのではないかとの意見をもらった。
坂井氏からは、精神の裂け目、危機に安住してしまっているのではないか、という貴重な指摘をもらうことができた。

二次会は渋谷の小料理屋へ。
ビールと焼酎でほろ酔い。宮崎地鶏はもうひとつだったということで田村雅之氏と意見が一致する。

三次会には川中子義勝、田中眞由美、中村洋子、田村雅之、北岡淳子、吉野令子の各氏、それに瀬崎と7人が流れて10時過ぎまで。

それにしても、今号で日原正彦氏、吉田義昭氏が退会されたのは残念。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-11 00:13

岡山大会の準備 (瀬崎)   

c0138026_133176.jpg
日本詩人クラブ・岡山大会まで2週間足らずとなった。
瀬崎は大会事務局長をしているので、参加申し込みは5月半ばが締め切りだったのだが、未だに参加希望の電話がかかってくる。
それに、急用が入った、体調を崩した、とのキャンセルの連絡も入ってくる。

その都度に、講演会や、懇親会、宿泊、翌日の貸し切りバスの申込者リストを作り直している。
当日の名札もデータ流し込みで一括印刷したのだが、追加があると一人分ずつ個別印刷しないといけない。
毎日、大変。

一番気を使うのが、氏名に誤字がないかどうか。
失礼に当たることなので何度も確認している。
(私の名前はときどき、「瀬崎 裕」と印刷されていることがある)

それに、宿泊者リストの確認。
今回は2つのホテルを手配しているのだが、誤りがあったりすると路頭に迷う人が出てしまう。

昨日は最後の実行委員会が国際交流センターの会議室で開かれた。

万全を期したつもりではあるのだが、もし、うっかりミスがあったら御免なさい。
[PR]

by akirin2274 | 2009-06-02 13:33