世界陸上inロンドン (磯村)   

2年に一度の世界陸上大会がロンドンで開かれている。
個人的にはあまり興味がないような競技もおこなわれるオリンピックに比べて、こちらはどの競技も楽しみ。内容が濃い。

一番の話題は、やはり今大会で引退を表明していたウサイン・ボルトだろう。
最後となる100m走で金メダルを取らせてあげたかったが、そうはいかないところが非情なスポーツの世界だった。

男子1万mでは、この大会以後はマラソンに転向すると表明しているファラー。
オリンピックでも世界陸上でも、5000m、1万mでそれぞれ2大会連続金メダルをとっている。すごい。
この大会でも1万mは金だった。5000m決勝は明日だったか。どうなるか。

女子1万mのアヤナもすごかった。
前回のオリンピックで20数年ぶりに世界記録を更新して優勝した彼女だったが、今回もぶっちぎりで優勝した。
1周400mのトラックを25周するのだが、なんと4位以下の選手をことごとく周回遅れにしてしまった。
銀、銅の選手も、もう1周あったら抜いていたのではないだろうか。すごい。

そして贔屓のアリソン・フェニックス。
彼女は世界陸上ではこれまでに9個の金メダルを取っている。しかし今回の400mは銅メダルだった。残念。

そして、そして、一番応援していた1500mのゲンゼベ・ディババ。
世界記録保持者の彼女のことだから圧倒的に優勝するかと思っていたのだが、準決勝ではなんとタイムで拾われていた。
そして決勝では走った12選手中の12番だった。残念。
数日後におこなわれる5000mではどうなのだろう? 応援しているぞ。

(写真は前回大会で優勝したときのディババ。肩の筋肉と腹筋が素晴らしい。)

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# by akirin2274 | 2017-08-11 23:05

「風都市」裏事情 (瀬崎)   

個人誌「風都市」32号の制作をしている。
今号は海東セラ氏に寄稿を依頼して、岬への道程をたどる作品をいただいた。感謝。

表紙絵は前号から磯村の水彩イラスト(?)にしている。
それまでの旅先での写真から変えたのだが、意外に講評である(というか、褒めてくれる人しか言ってはくれない)。
今回は海の匂いを感じさせるものとなっている。

他は揃ったのに、問題は瀬崎の詩作品。

1編は「唐橋まで」という訳のわからない短い作品。
これはふっと書けてしまう種類の作品。自分でも制御は効かない作品である。
前詩集「片耳の、芒」の巻頭に置いた「ゆれる」や、最後に置いた「雨を忘れて」もそうして書けた作品だった。
自分でも傑作なのか駄作なのか、判断できない書き方をしてしまう作品である。

そしてもう1編は「脚をたたんで溢れて眠れば」。
これには苦労した。

自己規制してしまいそうなものを取り払って、できるだけ拡げて書いてみようと思った。
そうしたらあらわれてきたものは、広いのだけれどもまったくとりとめのない平板なものとなってしまった。

さて、ここからどのように骨格を作って立体的な奥行きを持たせたらいいのか。
行分けでただ並んでいた詩句を散文形にして、描かれている世界を立ち上げようとした。
上手くいかない。

そこで語り口を変えてみることとした。
必要なことを説明するのではなく、すでに必要になったものだけを語らせることにした。
これはかなり上手くいった。
読み手を迷路に誘う罠も仕掛けた。でも、パン屑もちゃんと蒔いておいた。

さあ、これでどうだ。

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# by akirin2274 | 2017-08-08 18:39

岡山県詩人協会 (瀬崎)   

岡山県詩人協会には約120名の会員がいる。
その会の今年度の総会が開かれた。

今年は2年毎の役員改選の年で、瀬崎は会長職を引きうけることになってしまった。
仕事の場でも趣味の集まりの場でも、団体のトップというのはとても疲れる。
会長職は嫌で逃げていたのだが、引きうけたからには頑張らないといけない。

そもそも詩を書くという孤独な行為をする者が、なぜ詩人会とか詩人協会とかいうものをつくって群れるのだろうか。

詩を書くという孤の行為は、自分の内側に溜まってしまった何かをはき出すための解毒行為のような意味があるのではないかと、勝手に想像する。
で、その行為があまりにも辛いので、誰か支え合う仲間を欲するのではないだろうか。
解毒行為自体は個人がせざるを得ないのだが、その辛さを解りあえたいのではないだろうか。

それはともかく、これからの2年間は県詩人協会のために頑張りたい。

どの詩人会でも問題点となっているのは、会員の高齢化と若い人たちの新規参加の少なさである。
後者を打開するために、県詩人協会のホームページを開設しようと考えている。
簡単な構造のものから始めて、ゆくゆくは若い人たちの投稿の場なども運営できたらと思う。

さて、どうなるか。



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# by akirin2274 | 2017-08-02 00:32

「吉田博展」 (磯村)   

c0138026_20131195.jpg今年は吉田博の生誕140年になるとのこと。
「ダイアナ妃や精神医学者フロイトも魅了した画家」としての展覧会を観てきた。

吉田博といえば美しく繊細な風景木版画が有名なのだが、実は木版画を始めたのは45歳を過ぎてからで、それまでは水彩画家だったのだった。

展覧会では、嬉しいことに木版画を始める前の水彩画が多数展示されていた。
小学生時代の習画帳も展示されていたが、生まれつきの才能というものを感ぜずにはいられなかった。

吉田の水彩画は後の木版画に通じる静的な風景画で、筆のタッチも柔らかく、淡い色彩がすばらしい。
線描を排した水彩画では、やはりターナーの影響を受けているように思えた。

日本の各地をスケッチ旅行したようで、何冊かの画帖も展示されていた。
スケッチでは鉛筆素描もあったが、それに水彩を載せたものもあった。
彼にとっては下絵なのだろうが、私などからみれば本絵といってもいいぐらいの充分な完成度の絵ばかりだった。

私の好きなもう一人の木版画家は川瀬巴水なのだが、彼との画題の大きな違いは外国風景を早くから取り入れていること。
吉田博は22歳の時に書きためた水彩画を抱えてアメリカへ渡り、その地で高い評価を受けている。
その後も、明治から大正の時代に幾度となくアメリカ、ヨーロッパ、中国へスケッチ旅行に出かけている。

油彩も少なからず描いているのだが、やはり水彩画に比べると彼の好さが充分には出ていないように思われた。まあ、これは私の個人的な好みの問題であるのだが。

そして後半になって、いよいよ木版画の時代に入る。
もちろんこの時代の木版画は彫り師、刷り師との共同作業となるのだが、そのどれもが溜息ものであった。

生前のダイアナ妃が自室にかけていたという「光る海」も展示されていた。
有名な「瀬戸内海集 帆船」シリーズや「スフィンクス」シリーズ、「タジマハール」シリーズなどなど、感じられるその肌触りのようなものは画集で見るのとは大違いであった。

180点を鑑賞したが、気がつけばなんと3時間近くを費やしていた。

(余談)吉田博の次男は現代版画家の吉田穂高だが、穂高のシルクスクリーンも私は大好きである。


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# by akirin2274 | 2017-07-27 20:18

最後の理事会 (瀬崎)   

日本現代詩人会の理事会は毎月第3木曜日の夕方におこなわれる。

4年前に理事候補になったときに、毎月の理事会に出席しなければならないことは知っていたが、まさか平日の夕方とは思っていなかった。
勝手に理事会は週末だろうと思い込んで、理事受諾の返事をしたのだった。
えっ、木曜日?!
ということで、慌てて第3木曜日はお昼で早引けをして、翌日の金曜日も休むように仕事を調節した。なんとかなった。

それから2期4年間、毎月上京した。
で、先日、最後の理事会があった。大変な4年間だったが、最後ともなると名残惜しいような気持ちにもなる。

理事になったおかげで知り合えた方々も多い。毎回の理事会の後には、そんな方たちと近くの居酒屋で飲んだ。

上京したついでに、翌日には都内の美術館を巡った。
東京は暮らしてみたいとは思えない都市だが、さすがに美術展や映画上映は地方都市では観る機会のないものを必ずどこかでやっている。
こればかりは東京に棲んでいる人が羨ましい。

それに、東京には私の好きな明治・大正期の西洋風建築物も多数残っている。
それらをスケッチしてまわるのも楽しいことだった。

来月の日本現代詩人会総会で担当業務の報告をして理事の仕事が終わる。やれやれ。
ああ、そうだ、総会の後の懇親会の司会を依頼されているのだった。それが最後の仕事か。


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# by akirin2274 | 2017-07-23 23:34

広報誌の表紙絵 (磯村)   

c0138026_21225079.jpg今年で第7集となる会者の広報誌。
今回もA4版、約60頁で全頁カラー印刷のビジュアルっぽい作り。

地域の方々をはじめ、県内はもとより全国の同業施設、関係官公庁へ配布される。
印刷部数はなんと2万部。

で、今回も表紙絵を依頼された。
私の絵が全国で2万人以上の方の目に触れる機会とあっては、謝礼が高級菓子折一つだけであろうと、喜んで引きうける。

この表紙絵も、最初の数年は会社建物の遠景風景や増築された新社屋の外観など、私の得意構図の絵でよかった。

しかし回数を重ねるにつれて、広報部からいろいろと注文がつくようになってきた。
今年は、1日に3000人以上の人が行き交う会社ロビーの一郭を描いて欲しいとの注文。

まさかその現場で実際にスケッチすることはあまりにも不謹慎なので、何枚かの写真を素早く撮って、それを基に描き上げた。
さあ、これでどうだ。

我が社は外装も内装も赤煉瓦がシンボルのように使われている。その煉瓦壁もちゃんと取り入れたぞ。

残念だったのは、この構図からはロビーの左手上部にある大きなステンドグラスがどうしても描けなかったこと。
いずれ、そのステンドグラスが望める光景とか、4階まで吹き抜けの温室とか、12階建ての第9棟に作った屋上庭園とか、描いて欲しいという注文も来るのだろう。

暇なときにトーナル・スケッチぐらいしておくかな。


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# by akirin2274 | 2017-07-15 21:26

「どぅるかまら」祝賀会 (瀬崎)    

c0138026_21410058.jpg昨日は「どぅるかまら」祝賀会だった。

この1年間の同人の詩集出版、受賞を祝うもので、今回は次の通りだった。
詩集出版は、秋山基夫「神様と夕焼け」(和光出版)、「月光浮遊抄」(思潮社)、岡隆夫「馬ぁ出せぃ」(砂子屋書房)、それに私の「片耳の、芒」(思潮社)。
受賞は岡隆夫「日本詩人クラブ賞」「岡山県芸術文化賞グランプリ」、それにタケイ・リエ「神奈川文芸コンクール現代詩部門佳作」。

会場は岡山駅西口のまつの木亭。
和室なのだがテーブルに椅子を用意してくれていた。

1時にまず同人14人が集まり、出来上がったばかりの「どぅるかまら」22号の内容を確認し、次号の発行予定などを相談した。

2時からはシンポジウムということで、外部の方も20人あまりが参加してくれて、総勢は35名ほどであった。
3冊の詩集について外部の方、同人が1名ずつチューターとなって批評/感想を発表した。
それぞれの読みは興味深いものだった。

4時からが祝賀会。
秋山、岡両氏を祝う版画家や小説家の方などは、ここから参加の方もおられた。

隣のカラオケ・ルームでの二次会の後は、9人で東井浩太郎氏が始めたバーへ。
オーナーは加藤健二氏らしいのだが、真空管アンプでジャズのレコードを流すというこだわりよう。
バカルディのロックと一緒につまんだ吉田牧場のカマンベール・チーズも美味しかった。
ビルの9階、カウンターの奥の窓からは岡山の街が見下ろせた。
しかし、ウイスキーがお好きでしょ、と言ってくれる美女はいなかった。


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# by akirin2274 | 2017-07-09 21:45

詩誌「洪水」 (瀬崎)   

c0138026_00011986.jpg「詩と音楽のための」ユニークな雑誌として池田康が発行してきた本誌は、20号となる今号で終了するとのこと。

財部鳥子や葵生川怜の詩や、毎号楽しみにしていた海埜今日子の連載エッセイも載っているのだが、終刊号としての特集は「歌が深遠にとよむとき」。
46人が自分の思いでの1曲を挙げ、それにまつわるエッセイを書いている。

おや、この人はこんな曲にこんな想い出を持っていたのか、と、軽い気持ちで面白く読める。

社会人となって暗鬱だった中本道代が聞いていたのが「アルビノーニのアダージョ」。
「現実の味気なさの対極にある世界を彼方に浮かびあがらせ」てくれたとのこと。

高階紀一の「タラのテーマ」にまつわる思いでも好い。
小学校の下校時にいつも流れたのがこの曲だったのだが、大人になってから聞いてみるとまったくテンポが違っていたとのこと。どうやら学校ではレコードの回転数を間違えてかけていたようだったのだ。その回転数の間違った曲とともに女の子の声が「下校時間になりました」と言っていたのだ。エッセイの最後は、
「あの子は誰だったのだろう。大人になって、彼女も僕のように気づいただろうか、回転数が間違っていたと。」

浜江順子と野木京子はデヴィッド・ボウイ、有働薫はもちろんモーツァルト。日原正彦と森山恵もモーツァルトだった。

私は高校時代を過ごした広島の街が重なり合うモダン・ジャズ・カルテット「ジャンゴ」について書いた。
この曲を聴きながら私は30枚ぐらいの小説(らしいもの)を書いて、その頃付き合っていた彼女にプレゼントしたりもしたのだ。

「あの不安定で、今の自分から見たら笑えるほどに瑞々しくて、それからの人生がまだ何も決まっていなかった高校生の私が、この曲には今も棲んでいる。」


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# by akirin2274 | 2017-07-08 00:05

あれれ?! (瀬崎)    

昨日は中四国詩人会の理事会だった。
中四国8県から(愛媛県には、残念なことに、会員がいないのだ)岡山に理事が集まる。

午前中にあった今年の中四国詩人賞の選考結果が報告された。
個人的には予想していたのとは異なる結果で、ちょっと意外だった。

今年の秋の中四国詩人会大会は徳島で行われることになっていて、総会をはじめとしたそのプログラム案も承認された。

問題はそのあと。
次期執行部の人選で理事会は紛糾。
これまで会を支えてきた方々がご高齢となり、世代交代は必須の状態なのだが、いったい誰が会を支えていく?

会長には会の旗頭的存在でいてもらうことにして長老のO氏で問題なく決まった。
問題は実務担当の理事長兼事務局長。なかなか決まらない。

ついには理事会終了後の食事会の場に議論が引き継がれた。
そして、そして・・・、あれれ?

先日、岡山県詩人協会の理事会もあった。
そこでも次期の執行部の選出されたのだったが、そのときも、おいおい・・・だったのだ。

どちらの会の次期執行部も、正式にはそれぞれの総会で会員の承認を経て決まることになる。
しかし、それにしても、あれれ? おいおい。


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# by akirin2274 | 2017-07-02 21:29

「ランス美術館展」 (磯村)   

c0138026_11293011.jpg損保ジャパン美術館での70点ほどのこじんまりとした展覧会。

17世紀のバロック、18世紀のロココからフランス革命を経て新古典、ロマン、そしてリアリズム、さらには19世紀なかばからの印象派、ポスト印象派へと続く絵画が年代順に展示されていた。

ドラクロワ、コロー、ドーミエ、クールベといった馴染み深い名前に混じって、先日観てきたシャセリオーも2点が来ていた。
シスレーやピサロの風景画もよかったが、ゴーギャンやドニのポスト印象派の単純化された造型、強調された色彩には感心した。

しかし、今回の展覧会での収穫はなんといってもレオナール・フジタの特集だった。
ランスには彼が発案をして内装画も手がけた教会があり、彼の遺品を保管していた夫人はそのコレクションをランス美術館に寄贈していたのだった。

初期の作品も展示されていたが、初めから人物の目はフジタ特有の意地悪そうな目だった。

フジタの絵の有名な特徴は、細い面相筆での線描と乳白色を基調とした淡い彩色だが、あの独特の線描は戦前の割と早い時期から見られている。
乳白色が際立ってきたのは、戦後になって再度フランスに渡ってからのようだった。
「マドンナ」という絵では、なんと黒人のマリアを黒人の天使たちが囲んでいた。

そして彼の教会「平和の聖母礼拝堂」を飾った壁面のフレスコ画の写真とともに、1メートル半もあるような大きさの木炭による8枚の下絵が展示されていた。
これは見事な素描だった。

さらに3点のステンドグラスの写真とともに、やはり木炭での下絵に加えて、それにフェルトペンでの輪郭線、水彩での着色を施したものも展示されていた。
この大きな彩色下絵には圧倒された。

数年前のレオナール・フジタ展でも観ることのなかった作品に出会えて、好い展覧会だった。



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# by akirin2274 | 2017-06-26 11:37