「どぅるかまら」作品持ち寄り会 (瀬崎)    

詩誌「どぅるかまら」21号の作品持ち寄り会を倉敷でおこなった。
同人は18人だが、遠方在住の方2人と急用の方2人を除く14人が集まった。

それぞれの作品について3時間半にわたって感想・批評を言い合った。
神奈川へ転居したタケイ・リエ氏も作品を送ってきていた。

私は散文詩「その夜の過ごし方」を持参した。
これは極力無意識のうちに去来するイメージを言葉で捉えてみたもの。
自分の内側にはどんなものが棲んでいるのか、取りだしてみようと試みた。
それを論理的にはならないように解釈をしてみた。
はじめは行分け詩だったが、散文詩になり、連に分かれていたものが一つに統合されて混ぜ合わされた。

秋山基夫氏は、作品をプリントした用紙を持ち上げ、表にしたり裏にしたりしながら、
書かれた言葉はこのように見えるが、裏側から見えるものも在る。作者にとっての表と、読者にとっての表は同じとは限らない。作者はこの言葉の裏側から書いているのかもしれない。そんなことを感じるなあ、と。
さすがだ。

終了後は駅前の居酒屋で忘年会を兼ねた飲み会。
飲んで食べて、部屋がたまたまカラオケ室にもなっていたので、みんなで代わる代わるに歌った。

私はこのところyou tubeでよく視聴している中島みゆきの「窓ガラス」などを歌った。
(斎藤恵子氏も中島みゆきの「この空を飛べたら」を歌っていた)

さて、いろいろな意見をもらった作品の手直しを検討しなくては。
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# by akirin2274 | 2016-12-11 10:46

ダリ展 (磯村)   

c0138026_0113464.jpg国立新美術館での「ダリ展」を見てきた。
初期から晩年までの作品が8つのブースに分けられて展示されていた。

ダリも、モダニズム、そしてキュビズムの影響を受けて描いてきたわけだが、特に若いころはピカソの影響を受けていたことがよく判る。

ダリが本領を発揮し始めたのは、やはりシュルレアリスムの頃から。
ルイス・ブリュニエルとのあの映画「アンダルシアの犬」を作ったり、終生の女神ガラと知り合ったりしている。
色彩はくっきりとして濃い影を伴うようになり、いわゆるダリらしい歪んだ対象物が即興的に画面に現れてくる。いいなあ。

ダリの絵では、とにかく青く広がる空、地平まで続く大地、そしてそこに点在して描かれる奇妙な、しかし具体的なオブジェ、である。

今回の展示で嬉しかったのは、あまり画集にも収められていなかった演劇での舞台や衣装の美術デザイン、それに本の挿絵などが多数出品されていたこと。
「ドン・キホーテ」や「三角帽子」の挿絵として制作されたリトグラフや小口木版は、油彩とは違った軽さと広がりを見せていた。
「シュルレアリスム的闘牛」、そして「不思議の国のアリス」のためのエッチングも、その荒々しい色彩と自由奔放な線描が、どこまでも膨張し続ける宇宙を思わせるようだった。

大変に刺激を受けた展覧会だった。
300頁近いハードカバーの豪華な公式カタログも購入してきた。
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# by akirin2274 | 2016-12-03 00:13

中島みゆき「夜会」 (磯村)   

c0138026_21312837.jpg毎年の公演が大人気でなかなかチケットも取れないという中島みゆきの「夜会」。
上京する機会がある日の公演を申し込んだら、なんと抽選に当たってしまった。

私は、彼女が「夜会」を始める前の通常のコンサートには2回ほど行ったことがあるが、「夜会」を観るのは初めて。
暮れかけた赤坂サカスにあるACTシアターに出かける。

この「夜会」は彼女の歌をつないでひとつの物語仕立てにするという企画で、今年は19回目。
タイトルは「橋の下のアルカディア」だった。
小劇場は定員800人ということだったが、当日の立ち見席も販売していた。

途中20分の休憩をはさんでの2時間半の公演で、中島みゆきの歌を充分に堪能した。
共演者の中村中という女性の歌も好かった。

ただ、ちょっと状況劇場を思わせるアンダーグランド的な芝居の方は、物語や構成は今ひとつだった。
この芝居も中島みゆき自身が発案しているとのことだったが、この部分に関しては他の人に任せた方がいいのではないかなあ。

私が初めて聴いた中島みゆきの歌はデビュー後4曲目となる「夜風の中から」だった。
それまではジャズ一辺倒だったのだが、偶然につけたラジオから流れたこの歌に、こんな歌謡曲もあったんだ、と驚いた。

それから彼女の歌はほとんど聴いてきた(そのせいで、今は40歳を過ぎた息子も中島みゆきのファンである)。
彼女がこの20年近くは精力を注いでいる「夜会」を観る機会に恵まれて好かった。
しかし、「夜会」を観るのは、もうこれでいいかな。
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# by akirin2274 | 2016-11-28 21:33

吉増剛造氏を囲む会 (瀬崎)   

吉増剛造氏が全国の小学校で授業をするという公的な企画があったらしい。
教員をしている小山淳志氏が応募したところ、企画が選ばれて吉増氏が岡山県の小学校へ来ることになった。
折角の機会なので、ということで、その前夜に岡山在住の有志が集まって吉増氏を囲む飲み会を開いた。

秋山基夫氏が、吉増氏の紹介をするということで戦後詩を俯瞰するような視点での吉増氏の立ち位置を10分あまりにわたって話した。

吉増氏には実質的にははじめてお会いした。
どんな方なのだろうかと思っていたのだが、私の向かいに座った吉増氏は廻りの人にとても気を使う繊細な方であった。

皆さんの声が聞きたいとの吉増氏の要望で、参加者の何人かが自作詩を朗読した。
私もいつも持ち歩いている推敲原稿の中からほとんど手を離れかかっている作品「中庄三丁目」を朗読した。
読み終わると、岡山の詩人はすごいねと言って吉増氏が握手をしてくれた。
しかし、彼は誰の作品でも褒めてくれているのだった。優しい、のだか、残酷なのだか。

2時間近くが経ち、もうこれで帰るよと言って、吉増氏も自作詩を朗読した。
詩集を片手にやおら後ろ向きになって、相対した部屋の壁を爪でがりがりと引っ掻きながら朗読を始めた。
驚いた。そうか、こんなことだったのか。
途中では手の平で壁をばさっと、ばさっと叩いたりもした。
そうか、吉増氏にとって朗読とはこんなことだったのか。

私などは詩を書いたり読んだりしているときだけ詩人になるのだが、吉増氏は存在そのものがすべて詩人だった。
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# by akirin2274 | 2016-11-26 22:05

映画「秋の理由」 (瀬崎)   

c0138026_19172780.jpg岡山メルパで福間健二監督「秋の理由」を観てきた。

つぶれかかった小さな出版社を営む宮本(伊藤洋三郎)と、代表作「秋の理由」のあとは作品書けないでいる作家の村岡(佐野和宏)。
村岡は精神的なダメージから声が出なくなっており、宮本はそんな村岡を励ましつづけながらも彼の妻、美咲(寺島しのぶ)に想いを寄せていく。
そこに小説の中から抜け出してきたような少女(趣里)があらわれる。

福間監督の第5作品で、自分の詩集「秋の理由」のなかの言葉が、登場人物たちの台詞としてもあらわれてくる。

これまでの福間監督の映画に比べると、本作は実験映画的な色合いが少なくなり、とても観やすい作りとなっている。
そのために、これまではややもすれば詩を書いたりする人でなければ入り込みにくかった作品世界が、詩とは無縁な人でも受け止めやすいものとなっている。
それでいながら詩的な画面、台詞はしっかりと存在していた。
画面から伝わるものは素直なものでありながら、映像に奥行きのある詩情が感じられた。

ちなみに、同名の詩作品の最終部分は、

   わたしは
   顔や手に粘りつく暗示を洗いおとして
   誰かが泣いているために
   秋が来たわけではないことを知った

前日には福間監督の上映後のトークがあったらしいのだが、平日の昼間では出かけられなかった。残念。
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# by akirin2274 | 2016-11-24 19:18

「ERA」合評会 (瀬崎)   

c0138026_011431.jpg詩誌「ERA」の合評会が東大駒場でおこなわれた。
今回は15人の出席で、北は青森、宮城、南は北九州から、新潟から来られた方もいた。

合評会なのだから、仲間内で褒めてもらってもあまり意義はない。
欠点を指摘してもらう、あるいは作者も気付いていなかったようなところを見つけてもらう、それが醍醐味になる。

私は作品「死人(しびと)」を発表していた。
ユーモアがポエジーになっているという意見があった。うむ、ユーモアについては考えていなかったな。
この作品は、作者としては最後の一行が勝負だった。ほとんどの方にはあの一行の意図は伝わっていたようで、安堵した。
しかし、話者が実は”死人”だったとすると、私が見えて話しかけてきている娘はどうなるのだ?という疑問も。
なるほど、そのあたりはあまり考えずに曖昧な世界観で押し切ってしまっているなあ。

他の作品でも、それぞれの方の批評、感想を聞いていると、ああ、そういう読みもあったか、と示唆されることが多い。勉強になる。

この合評会も、幹事の川中子義勝氏のお世話で、地方での合評会のときを除いては東大駒場の会議室でおこなっていた。
次回からはどこか別の場所での合評会となる。名残惜しい。
(名残惜しいものだから、会が始まる前に、記念にと東大駒場の正門のペン・スケッチをした。時間がなくて着採はできなかった。)

合評会後の飲み会はシーフード・レストランで。

3人の方の作品について簡単な感想を拙ブログ「瀬崎祐の本棚」に書いた。
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# by akirin2274 | 2016-11-22 00:13

おかやまマラソン (磯村)   

c0138026_20433691.jpg岡山マラソンを走ってきた。
2週間前に大阪マラソンを走ったばかりで、この歳になれば身体の疲れが残ってはいるのだが、今回はドクター・ランナーということでタイムは気にしないで済む。

私は5時間30分で走る設定となっていた。
ドクターランナーと書いてあるビブス(赤いベストです)を着込んでスタート。
一応はドクターランナーと回りに判るようにして走っているので、何か調子の悪そうな人はいないかと、道路の端の方をランナーを眺め回しながら走る。

今回のドクターランナーの使命は、とにかく生命の危険を回避すること。
昨年は1名の心肺停止者が出て、AEDで蘇生をおこない命が助かったとのこと。
ドクターランナーへの説明会もあった。いわく、声を掛けて本人が返事ができる意識レベルの症例ではそれなりの対応で結構です、あくまでも生命の危険に対応することを目的としていただきたい。了解です。

25kmを過ぎると疲れが出てきたランナーが多くなってくる。
座っていられる人は大丈夫として、寝転んでいる人には一応声を掛ける。

ほとんどが足の痙攣だった。ふくらはぎだったり、太股だったり。
4~5人に痙攣の部位によってストレッチをしてやる。本当はこれは対応しなくてもいいんだけれどな。
少し収まりました、だいぶ楽になりました、なんとか歩けます。じゃ無理しないで。

一人は熱中症気味となっていた。リタイアの意思を確認してからその場所管轄の救護所へ連絡して搬送を依頼した。

そんなこんなで、後半になると時間を取られるようになった。
事前伝達では、救護で時間を取られた場合はその分は設定完走時間を遅らせてください、時間が遅れてもペースを上げる必要はありませんということだった。
でもまあ、遅れた分ぐらいは取り戻して走ろうかな。

もうこのあたりまでくると、これぐらいの時間の人は半分ぐらいの人が歩いている。それを縫ってゆっくりと走りつづける。

完走タイムは5時間31分だった。おお、予定通りだ。
あれ、すると後半はあれだけ救護に時間を取られたのに、前半とイーブンということは、後半はかなりスピードアップしていたんだな。

まあ、ストレッチをしてあげている時間はこちらも走るのを休んではいるのだが、それにしても、これはかなり立派な出来なのではないかと、自画自賛。
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# by akirin2274 | 2016-11-14 20:46

倉敷ジャズ・ストリート (磯村)   

c0138026_14155255.jpg週末の2日間は倉敷美観地区一体でジャズ・ストリートと謳うイベントがおこなわれていた。

老舗のジャズ喫茶「アヴェニュー」をはじめとして、アイビー・スクエア内のオルゴール館、郷土民芸館、倉敷物語館、大原美術館の日本庭園内の新渓園、立派な石造りの旧中国銀行倉敷支店、重要文化財である旧大橋住宅など、17カ所でジャズが演奏される。
お寺の本堂や、提灯屋さんの店先、旧宿場街道の細い路地を入った民家なども会場となっていた。

演奏者は中四国を始めとして関西からもやって来ている。
ナイトクラブで演奏しているプロもいれば、地方のジャズ喫茶で演奏しているセミ・プロもいる。
デモテープによる審査があり、50以上のバンドが参加していた。

ワン・ステージは毎時0分からおこなわれて、約45分間。
合間の15分間で演奏者も観客も次の会場に移動する
前売り券を提示すればどの会場にも入ることができる。

今年は、ワン・ステージだけだが、磯村の職場の部下がピアノ・トリオで出演した。
ピアノは小さいころから弾いていたのだが、ジャズを始めたのは10年前からとのことだった。
和歌山へセッションに出かけたときに知り合ったドラム、ベースの人たちと組んでの演奏だった。

スタンダードが中心だったが、その確かな腕に感心した。
6年間の忙しい学生時代、就職してからの余暇のない生活の日々に、よくぞこれだけの技量を身につけたものだ。
ペトルチアーニが好きとのことだったが、彼女のピアノはもっと強く、ハラルド・メイバーンのタッチを思わせた。

お昼過ぎから夜更けてまで、2日間はあちらこちらでビールを飲みながら、美観地区を散策してたっぷりとジャズを楽しんだ。
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# by akirin2274 | 2016-11-07 14:18

拙詩集の覚え記録 (瀬崎)   

「現代詩手帖」の巻末には、思潮社からの出版物の広告が載る。
新しく出た詩集は、作者の顔写真も掲載される。
で、拙誌集「片耳の、芒」の広告も10月号から載っている。その惹き文句は、

「分断された虚実が結びつくとき、二重写しの彼方から捻れた風が囁き出す。
 欠けた風景に名は消え、言葉はいつまでも肉体を裏切る。
 異貌の物語に誘う第6詩集。」

また、「現代詩手帖」には「スクランブル・スクエア」という出版物案内を中心としたコラムのような頁もある。
11月号のその欄に拙詩集の紹介記事も載っていた。

「瀬崎祐「片耳の、芒」は第6詩集。氏はこれまで現実に拮抗す
る虚構を追求してきたが、その二つは結びつき、容易に入れ替え
ることを識る。本誌集では虚実の分水界に立って言葉を研ぎ澄ま
せる。その水は読む者の意識に流れこみ、眼前の現実の裏にある
虚へと意識を向かわせる。新たな境地を示す野心的な一冊。」

また、読んでいただいた方々から、毎日のように感想や批評のお手紙、葉書が届く。
インターネット上のブログや、ツィッターに感想を書いてくれた方々もいる。
居酒屋で飲みながら、詩集評をしてくれる方々もいた。
どれも嬉しく、ありがたい。
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# by akirin2274 | 2016-11-04 00:26

大阪マラソン (磯村)   

c0138026_20161517.jpg5年ぶりに大阪マラソンを走ってきた。
気温も20度ぐらいまでと暑くならず、風もほとんどないという絶好のマラソン日和だった。参加者は3万2000人あまりだったとのこと。

大都市マラソンの魅力は、繁華街を駆け抜けるそのコースにある。
この大会は、大阪城公園からスタートして大阪の街中を走りぬける。
御堂筋も走るし、京セラドームのあたりにも行く。
ゴールは南港のコスモスクエア。

沿道の応援も途切れることがないのが嬉しい。
1万人以上が海外からの参加者で、特に台湾、韓国、タイなどからが多かったようだ。
なかにはタイの国旗をずっと持ったまま走っている人もいた。

この大会の名物は33km地点にある”まいどエイド”。
100mぐらいにわたって、いろいろな食べ物を渡してくれる。塩漬けゴボウ、バナナ、あんパン、梅干し、桜餅まんじゅう、パイナップルの缶詰、たくわん、おにぎり、チョコレートに飴。
なくなりかけたカロリーも補給するのだが、なんといっても塩分の補給が必要。冷たい塩水につけたキュウリは美味しかった。
ついつい立ち止まって食べてしまう。ありがたいのだが、かなりのタイムロスにはなっているなあ。

南港へわたる大橋の上りで、ついに200mぐらい歩いてしまう。う~ん、根性が足りなかったか。

なんとか目標をクリアして、5時間9分でのゴールだった。
5年前のこの大会は5時間1分で走っていた。
60歳を過ぎると1歳歳をとる度に10kmの走力は1分落ちるとのこと。
すると、フル・マラソンの距離では、1年経てばタイムは4分あまり遅くなることになる。すると5年前に比べれば20分遅くなるところだが、10分足らずの遅さでカバーできたことになる。
よくやったと、自画自賛。

ちなみに、iPS細胞の山中教授は3時間40分あまりの自己新で完走したとのこと。すばらしいなあ。
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# by akirin2274 | 2016-11-01 20:19