次号は異種格闘技だ (瀬崎)   

個人誌「風都市」では毎号一人のゲストをお願いしているのだが、次号はどうしようかと考えていた。

そうだ、川柳の石部明氏にお願いしてみよう、と思いつく。
数年前にある会合のシンポジストでご一緒したのだが、その後、作品集「遊魔系」をいただいて、その作品の面白さにぶっとんだ。
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受けていただけるか、心配していたのだが、先日、快諾のお電話をもらった。
どれぐらい面白いか、「セレクション柳人・石部明集」より、いくつかを無作為に並べてみる。

「琵琶湖などもってのほかと却下する」
「月光に臥すいちまいの花かるた」
「梯子にも礫死体にもなれる春」
「冬の夜のずぶ濡れの父勃起せり」

わくわくさせられるような言葉の乱舞。
さあ、次号の「風都市」は詩と川柳の異種格闘技だ。
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# by akirin2274 | 2008-02-08 23:00

業界誌の表紙絵 (磯村)   

毎年の年頭に発行される業界誌の表紙絵を頼まれている。c0138026_22353219.jpg
寒い日曜日の午後にイビースクエアにスケッチに行ったのだったが、その業界誌ができあがってきた。

ほとんどは固い内容の専門雑誌なのだが、後半には会員のエッセイが掲載される。
こちらにも毎年依頼されてマラソン関係のエッセイを書いている。
おかげで、この団体ではすっかり水彩スケッチとジョギングが趣味であることが知れわたってしまった。

12月が近づくと、理事会の会合などでも、今年もホノルルへ行かれるのですか、と聞かれるのが挨拶代わりになってしまっている。
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# by akirin2274 | 2008-02-04 22:36

丸亀ハーフマラソン (磯村)   

寒い、寒い1日、丸亀ハーフマラソンを走ってきた。c0138026_21545382.jpg
スタート時にはみぞれはやんでいたが、気温は2.1度ということだった。

このところ、辛い思いまでして走るのは嫌だ、という逃げの思考になってきてしまっており、のんびりスタートである。
今日も折り返し地点でちょうど1時間。
このまえの小豆島タートルマラソンと一緒だ、これではいかんでしょ。

というわけで、後半は少し頑張って、ゴールは2時間を数分切るぐらいだった。
年々タイムが落ちてきている。
ゴール後に、そこから2kmほど歩いてスーパー銭湯へも行って来た。
そんなに余力が残ったゴールだったと言うことは、自分を追い込まなくなってしまったのか。

もうそれでいいよ、と思ってみたり、いやいや、まだまだ、と思ってみたり。
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# by akirin2274 | 2008-02-03 21:58

坂本明子さんお別れの会 (瀬崎)   

詩誌「裸足」を50年間発行されてきた坂本明子氏が昨年末に急逝された。

「裸足」主催のお別れ会が、岡山西口の「さくら祭典」でおこなわれた。
小雨模様であったが、会場は椅子が足りないほどの参列者であった。

様々な方の弔辞があったが、なかでも「火片」の井奥行彦氏の弔辞が、儀礼的ではなく親身なしみじみとしたものであった。
まだ大学生だった井奥氏や三沢浩二氏が新しい詩誌を出そうとして、当時まだ20歳代だった坂本氏の家を訪問したときからのつき合いだったという。
歴史である。
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仕事を終えて会に駆けつけたために昼食をとる暇もなかった。
散会後の夕方、遅い昼食として郊外の店で一人でラーメンを食べた。
外は冷たい小雨であった。お別れ会とはこんなものか。
坂本明子氏 享年86歳、合掌。

(写真は坂本明子氏の処女詩集(昭和26年刊)の復刻版)
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# by akirin2274 | 2008-02-02 23:49

「夢二」 (瀬崎)   

小さな画廊「やぶき」での、秋山基夫氏の朗読会があった。

今回のゲストは和服姿の河邉由紀恵氏で、「大朗読」のときとはまた違ったトーンで3編を朗読した。
秋山氏は「夢二」という、1000行に及ぶ長編詩を朗読した。
もちろん、あの竹久夢二をモチーフにしているのだが、夢二自身のモノローグがあったり、彼の生家を訪ねようとしている俳人と詩人の親子の会話があったりと、重層的な内容であった。

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ところで「夢二」といえば、鈴木清順の映画を思い浮かべてしまう。
「チゴイネルワイゼン」「陽炎座」につづく作品なのだが、つくづく鈴木清順の天才としか言いようのない才能を感じてしまう作品である。
色彩の乱れうちに加えて、突拍子もない展開に必然性を感じさせてしまうところがすごい。

夢二も、こうしたイメージを湧かせる何かを残した生き方をしたわけだ。
「黒船屋」という、彦乃がやった店の屋号までが独特の絵を描いてみせるようだ。
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# by akirin2274 | 2008-02-01 22:05

エイミー・ベンダー (瀬崎)   

朝日新聞の日曜欄を見ていたら、エイミー・ベンダーの「燃えるスカートの少女」が角川文庫に収められたことが載っていた。c0138026_2146769.jpg
これでこの本もいろいろな人の眼に触れる機会が増えたと思うと、嬉しい。
以前にこの「日録」でも書いたが、それほどにこの本は素晴らしい。

嶽本野ばらが書いている単行本の帯文には、「痛みと共にやがて少女は結晶となり、不可思議に発火する」とある。
嶽本という作家のことはよく知らないのだが、この一文はなかなかにこの本の特徴をよく捉えている。
ボストン・グローブでは、「ときに、あなたは涙を流さずにはいられない」と紹介されたらしい。

16編が収められた短編集である。
どれもが、ある感覚、ある感情が極限に露呈するような状況が展開される。
それが切羽詰まったものであるほど、身が切り裂かれるような痛みがあり、やはり悲しいのだ。
ここ数年間でのわたしの一番のお勧め本である。
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# by akirin2274 | 2008-01-29 20:30

迷う、迷う (磯村)   

永年の夢であったプロジェクターを、ついに購入しようかと考えている。
荷物置き場として使っている屋根裏部屋を片づけて、ここを秘密のマイ・映画館にするのである。

TVとは違うぞ。やはりスクリーンに映写してこそ、映画というものだ。
その日に備えて、これはと言う映画のDVDを400本近くストックしてある。
これからは好きなときにアラン・ドロンでも、JLゴダールでも観ることができるぞ。
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しかし、屋根裏部屋である悲しさが判明した。
片流れの屋根の影響で、100インチのスクリーンが設置できない、80インチが限界であることが判明した。

でも、なんといってもスクリーンに映写して見る映画だ。
どのプロジェクターにしようか。
音響は5.1サラウンドにしようか、それとも配線の容易な一体型にしようか。
迷うぞ、迷うぞ。
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# by akirin2274 | 2008-01-26 23:47

北園克衛論 (瀬崎)   

今度の「四土詩集Ⅲ」には、これまで勉強会で行ってきた詩人論のまとめを、各自が書くことになっている。c0138026_225916.jpg
瀬崎が担当したのは、高村光太郎と北園克衛だったのだが、どちらかを選ぶとなれば、そりゃあ北園の方が書きたいことがたくさんある。

瀬崎が高校生となり詩らしいものを書き始めたころ、モダニズムなんてものも知らないままに、北園の初期作品の美しさに陶酔していた。
とくに「円錐詩集」から「夏の手紙」「サボテン島」あたりまでの作品はむさぼるように読み返していた。
そして、形ばかりを真似したような詩を書いたりもしていたのだ。

だから、今でも、あのころに身についてしまった美意識が、ことあるごとにあらわれようとする。

思い入れが強すぎて、なかなか原稿が書けなかったが、やっと脱稿した。
こんな北園克衛論を、四土の会の皆さんは感心してくれるでしょうか。

(写真は、今でも捨てずに持っている昭和29年発行の全集の1冊)
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# by akirin2274 | 2008-01-23 22:06

永遠のライバル (磯村)   

本社の新社長・就任祝賀会へ出席してくる。
京都の寒さはどれほどかと、覚悟して出かけたのだが、雪の積もった岡山の方がよほど寒かった。

祝賀会のテーブルは入社年次ごととなっており、同窓会を兼ねたような雰囲気であった。
同期で、永年のマラソンのライバルであるS君と久しぶりに一緒になる。
S君は関連会社の社長になってからというもの、忙しくてジョギングもできない日々とのこと。

もう3年ぐらい、マラソン大会に出てへんなぁ。もう走れんわ。
おいおい、そんな寂しいことを言うなよ。

むなしい慰めの言葉。
ときおりS君の談話がマスコミで報道されるような厳しい業界の情勢であるからなあ。

いつかの日に二人で、いつかはサロマ! と約束したのだったが・・・。
 (註:サロマ・ウルトラ・マラソン 100km のこと)
お前が仕事にかまけている間に、俺はもう「しまなみ・ウルトラ」を走ってしまったぞ。
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# by akirin2274 | 2008-01-20 23:05

ぬるい映画 (瀬崎)   

このところに観た日本映画は、「間宮兄弟」、それに「虹の女神」。
どちらも最後まで退屈することなく観ることができた。
しかし、どちらも、なんとなくぬるい。

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c0138026_22282780.jpg特に「間宮兄弟」は、事件らしいできごとが起こるわけでもなく、それなりに「良い人たち」の生活がそれなりに描かれている。
江國香織の原作は読んでいないのだが、彼女の作品であるから、映画にすればこんな風になるのかなあ。

ぬるい、というのは、別に不快な感覚ではない。
どちらかと言えば心地よい。
ぬるいお風呂というのは、別にとりたてて入っていなくても良いのだけれども、出ると寒いので、なんとなくいつまでも入っている、そんな湯加減である。

しかし、「虹の女神」はよく考えれば、恋感情のすれ違いのままでヒロインが事故死をしてしまう悲しい筋立てである。
若い人たちの感想には、号泣しました、と言うのが結構ある。
それを、ぬるい、と感じてしまうのは、温度を感じる私の感性が鈍感になってきているのだろうか。
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# by akirin2274 | 2008-01-19 22:05