忙しい一日 (磯村)   

未だ給食が始まらない1年生の孫が、両親ともに仕事で不在のため、お昼前にわが家へ下校してきた。
妻は所用で不在なので、カパオライス風の昼食を作り、二人で食べる。

学校ではまだお勉強が始まらないのでつまんな~い。ふ~ん、そうか。

妻が帰宅してきたので、交代して岡山へ。
繁華街のギャラリーで、先日から習い始めた色鉛筆画の先生の個展を観る。
うん、すごい。色鉛筆でこんなにも幻想的な絵が描けるのか。
旅先でのスケッチには水彩の方が向いているが、家でじっくりと描くときは色鉛筆の方が表現方法としてはいいかもしれない、と思わされる。

つづけて近くのカフェで色鉛筆画教室の生徒さんの作品の展示を観る。
先生の上手な作品ばかり観ていると、ただただ感心するばかりなのだが、こうして一般の人の作品を観ると、何がまだ足りないのかがよくわかる。
あ、輪郭を意識しすぎているな、とか、ぼかしが不自然で粗いな、とか…。

さて、今日は少しはジョギングもしないといけない日。
そこで岡山から2駅目で下車。
そこからの2駅分をジョギングで帰宅することにする。
そのためにウインドブレーカー上下にジョギングシューズという服装で来ていた。
少し肌寒い空気が気持ちよい。
幹線道路を避けて裏道を縫って走るのだが、GPSウォッチのおかげで走行距離の測定やペース配分の管理は楽になった。

夕刻に帰宅して急いでシャワーを浴びてスーツに着替える。
で、この3月で退職した院長の感謝の会へ参加。
ホテルの会場は数百人でごった返していたが、顔見知りたちと雑談してビールを美味しく飲んできた。



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# by akirin2274 | 2018-04-17 11:44

色鉛筆画 (磯村)   

4月からの仕事が少し楽になり、自由に使える時間も増えた。
そこでこれまでは時間の制約からできなかったことを始めてみようと思った。

色鉛筆画、である。
水彩画以上に幼い頃から馴染みのあるものだが、追求すればかなり深いものが描けるようだ。

で、月に2回、1回2時間の教室をさがして受講申込をした。
色鉛筆は、なにかのおりにもらった三菱ユニの72色セットを持っていた。これでいいだろうな。

おそるおそる第1回目の講座に出かけた。
さて、生まれて初めての第1作、家から持参した林檎を描いてみることにした。
優しそうな先生で、下書きの線描のやり方や、初めの塗り方などていねいに教えてくれる。
c0138026_19025146.jpg

塗りはじめてみると、水彩と違って非常に繊細(といって、水彩が粗いというわけではないのだが)。
それに時間もかかる。
いってみれば、石膏デッサンを色を用いてしている感じ。

しかし、集中できるこの彩色も、まあ、嫌いではないなあ。

ということで、2時間近くをかけて描き上げた色鉛筆画第1作。
はたしてこれからどこまで行くことができるのか。


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# by akirin2274 | 2018-04-10 19:05

「別冊・詩の発見」 (瀬崎)   

c0138026_09543251.jpg山田兼士氏が大阪芸術大学文芸学科の学生の卒業に合わせて発行していた詩誌。

濃い内容の詩誌だったのだが、今号で終刊とのこと。
詩を指向するゼミ学生がついにいなくなってしまったためとのこと。
なんとも残念なことである。

依頼した詩作品が37編、それに3人の学生の詩作品、山田の詩作品、山田がこの1年間にツイッターに書いてきた163冊の詩集の短評が「詩集カタログ2017」のタイトルで載っている。

疋田龍乃介「果てしなき駄洒落の果に」。
駄洒落はリズムであるともいえる。本職の落語家でもある疋田の作品の毒味の軽快さは、一度はまり込むと抜け出せなくなる。

北爪満喜「白い魔法で」の物音を吸い取ってしまったような情景、逆に倉田比羽子「声と呼び水--ことばは演じる」の溢れた物音で事物が覆い隠されているような情景も、それぞれに面白かった。

瀬崎は「狐狩り」を載せてもらっている。
情景としては、カズオ・イシグロ原作の映画「日の名残」に拠っているのだが、内容は”タリホー”という掛け声とともにとんでもない方向へ走って行ってしまった。

拙ブログ「瀬崎祐の本棚」には、林美佐子、松尾真由美、高階杞一の作品の簡単な感想を書く予定。


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# by akirin2274 | 2018-04-07 09:55

正木山トレイル・ラン (磯村)   

c0138026_08294077.jpg4年前赤ら毎年参加していた正木山トレイル・ランは今年で終了するとのこと。
近場の好い大会だったのに、残念。

いつもは26kmのロング・コースに出ていたのだが、今年は規模も縮小して17kmコースのみの開催。
累積標高差も、これまでは1000mあまりだったが、今年は800mとのこと。
大分、楽なのではないだろうか。

しかし、今年はエイドはありません、エネルギー補充は各自でおこなってください、水も充分に携帯して走ってください、ということだった。

参加費は1000円だけ。
実は当初、今年はもう開催しない予定だったのだが、それも寂しいということでの開催。
山中の走路は草も刈られてちゃんと目印が付けられ、分かれ道には係員がいてくれる。感謝あるのみ。

いつもとは逆方から標高450mの正木山へ上る。やはりここは息が上がる。
いつもとは違う急な斜面をおそるおそる降り(下りは苦手だ!)る。

つぎの古代山城跡の鬼の身城には頂上までは登らないコースになっていた。
持参していた塩をなめ、エネルギータブレットをがりがりと囓り。

桜の名所である大野街道に降りてくると、ちょうど満開であった。花びらが散る中を駆け下る。
深い谷川を挟んだ向かいの山には山桜が点々と咲いていた。

最後に沢に沿った金比羅道を100mあまり上った。

制限時間は4時間ということだったが、3時間足らずでゴールした。
係員が手動計測してくれたタイムを、自分で完走証に記入した。
参加者300人のために手作りで開催してくれた大会だった。本当に感謝である。

ゴール地点の施設にある展望温泉で、里山に咲く桜をながめながら身体を癒やしてきた。


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# by akirin2274 | 2018-04-05 08:31

文学散歩 (瀬崎)   

岡山県詩人協会の行事の一つに文学散歩がある。
岡山県内の文学に関係のある地を訪れてみようというもので、隔年の春におこなっている。

第3回となる今年は、赤磐から日生の県東部をめぐり、25人が参加した。
天気は春らしい日差しで、桜をはじめとしていろいろな花が道中のあちらこちらで咲いていた。散歩日和(といっても、バスで移動するのだが)。

赤磐といえば、やはり永瀬清子である。
ということで、まず、くまやまふれあいセンターの永瀬清子展示室を見学する。
学芸員が説明をしてくれたのだが、永瀬清子は絵を好く描いていたようだ。
自分の絵を添えた詩の一節の色紙などが展示されていた。
色紙などに書くときに、彼女は長い詩の一節の行の順番を入れ替えたりしたりしている。なるほど。
永瀬清子は20年余り前に(私が岡山で詩を書きはじめる前に)亡くなっている。
そのため私は生前にはお会いしたことがない。どんな方だったのだろう。

近くの彼女の生家も訪ねる。
里山の中に建っているのだが、生家は立派な作りの町屋であった。出窓格子も付いていた。
今は取り壊されているが、米倉や衣装倉も並んで建っていたとのこと。
家はかなり傷んでおり、生家保存会が寄付を募って修復にあたっているとのこと。

片上に移動して、このあたりはあっては鉱石の採掘・運搬で栄えたところ。
160年の歴史を誇る割烹旅館でお昼をいただく。
大広間には犬養毅の額などが飾られていた。崋山の署名が入った額もあったが、あれは渡辺崋山?

つづいて日生漁港へ移動し、加子浦歴史文化館を見学する。
私の知らない岡山県の文人もたくさんいるものだなあ。柴田練三郎は知っているけれど。

暖かい一日だった。


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# by akirin2274 | 2018-04-01 20:38

お祝い (磯村)   

知り合いのある方が大きな賞を取った。
大変にうれしい出来事である。何かお祝いをしてあげたいと考えた。

その方は磯村の水彩スケッチのファンでいてくれる。
ときおり会った時には持ち歩いているスケッチ・ブックを見てもらうのも恒例になっているのだが、いつも、これ、いいわあ、あ、こっちもええやんか、と言ってくれる。
所望されて私の水彩スケッチをプレゼントしたこともある。

で、受賞にちなんだ絵柄の水彩スケッチをプレゼントしようかと考えた。

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しかし、そうなるとなかなか難しい。やはり”坂”の絵にしよう。
東京には坂が多い。なかには暗闇坂とか幽霊坂などというものもある。

これまで何気なしに撮りためていた写真を眺めなおして、ん、これかな、という構図を見つけた。

線描を終えて、これから着彩に入るところ。
はたしてその方は喜んでくれるのでしょうか。


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# by akirin2274 | 2018-03-29 20:11

「交野が原」84号 (瀬崎)   

c0138026_10135781.jpg金堀則夫氏が編集・発行している「交野が原」84号が届いた。
今号には32人の詩、4人のエッセイ、11人の書評を収めている。毎号のことながら、その内容の濃さ、多彩さには感嘆してしまう。

海東セラ「約束」では18字×32行の矩形に広がった世界を彷徨う。どこにも辿り着けないような眩暈に襲われる作品だった。

野崎有以「塩屋敷」では、白い雪と塩が風景を混沌とさせていて、家出していた女と亭主を苛立たせていた。衝突する人間性の縮図が豪快に描かれていた。

藤田晴央「白い紐」は夜の間に窓の隙間から忍び込んだ雪を詩っているのだが、それはこれまでの人生の長さが積み重なったものであるかのようなのだ。

拙ブログ「瀬崎祐の本棚」には、北原千代、たかとう匡子、海埜今日子の作品ついて簡単な感想を書く予定。

書評では、河邉由紀恵が「あばくよりだまされることの心地よさ」と題して秋山基夫詩集「月光浮遊抄」について書いている。
古典の引用やアレンジを縦横におこなっているこの詩集を流されるように受け止めて楽しんでいる。
なにしろ、引用されているようなものの中には、秋山がそれらしく創作した偽物の古典まがい物も混じっているのだから。

冨上芳秀の「倉橋健一の孤独と直喩」と題した倉橋健一詩集「失せる故郷」の書評や、神尾和寿の「どこまでも「清水さん」」と題した高階杞一詩集「夜とぼくとベンジャミン」の書評も興味深く読んだ。
なるほど、この詩集をこんな風に捉えたのか。

瀬崎は詩「冬の疎水の、散歩道」を載せてもらっている。4行×7連の散文詩。”散歩道”というからには帰る道筋もあるはずなのだが、本当だろうか?


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# by akirin2274 | 2018-03-25 10:16

くすのきカントリー・マラソン (磯村)   

c0138026_14165352.jpgいつまで走れるかわからなくなってきたので、これまで参加したことのない大会に、ということで山口県の大会へ。
今回は60mをはじめとする4つの峠越えのある文字通り”カントリー”での大会。かなりの難コースだな。

GPSウォッチで1kmごとのラップを取りながらゆっくりと走る。
おおよそ1km7分で最後までおせれば5時間で完走できるはずなのだが、後半の落ち込みを考えれば5時間10分が妥当なところか。

風もおだやかだし、気温も10度ぐらいと、絶好のマラソン日和だった。
前半はおよそキロ6分40秒ぐらいでいけて、中間点通過は2時間24分。今日は好い感じだなあ。
エイドではバナナやあんパンをいただいて、と。

折り返してからは私より少し年長と思えるおじさんと併走を続けた。
抜いたり抜かされたり・・・。

最後の峠越えをして残り8kmの地点でタイムは4時間ちょうどぐらい。これは頑張ったら久しぶりの5時間切りができるかもしれないぞ
隣を走るおじさんに、キロ7分で行ければ5時間切りができますね、と声をかける。
いや、そりゃ無理じゃろう。最後の上りでいつもダウンしてしまうんじゃ。
いけるところまでは頑張りましょう、といって気力を振り絞る。

おじさんも苦しそうな呼吸なのだがなんとか私にペースを合わせて付いてくる。
最後の3キロあたりでおじさんは後方へ下がっていったが、もうここまでくればおじさんも5間切りは確実。

で、私のゴールは4時間53分だった。おお、久しぶりの5時間切りだ、よくやった!
3分遅れでゴールしてきたおじさんには、あんたのおかげで頑張れた、ありがとう、と言ってもらった。

近くの温泉に入り、それからもちろん風に吹かれながらテラスで生ビール。
スタッフらしいお兄さんが、美味しそうですね、と声をかけてきた。

そりゃ、美味しいさぁ。


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# by akirin2274 | 2018-03-21 14:19

瀬戸内ツーデーマーチ (磯村)   

c0138026_18433839.jpg週末の2日間は瀬戸内ツーデーマーチだった。
全国から倉敷へ集まった人たちのウォーキング大会である。
このツーデーマーチは全国の各所で年に12回ぐらい開かれているので、いろいろな大会をまわっている人もいるとのこと。

私は10年以上前に2回ほど参加したことがあったが、その後はジョギングが中心となっていた。
気候も気持ちよくなっていたし、久しぶりに歩いてみようか。

ということで、18.6kmコースに参加。
1000人あまりの参加者が9時に市役所の広場を出発する。

後の方ではぶらぶらと歩く人もいるようだが、前の方にいる人は皆早い。
ゼッケンに書いてある居住地を見ると、関東や九州などから来ている人もいる。
風も穏やかで、雲の切れ間から覗く日差しも暖かい。気持ちがいいなあ。

コースは南の方へ向かい、おや、こんなところへ出たか。
吉岡川の堤防道は時々ジョギングで走るところ。

途中の2カ所の休憩所では、それぞれ豚汁と味噌汁をいただいた。
どうぞとボランティアの女子高生が差し出してくれるチョコレートやビスケットもありがたくもらう。

しかしジョギングとウォーキングでは使う筋肉も、負担のかかる部分もまったく違うようだ。
フルマラソンを走ってもマメなどはできないのだが、10kmを過ぎたあたりで足底が熱を持ってきた。まずいな、これはまめができる前兆だぞ。
実は前に40kmコースを歩いた2回ともマメができて大変に痛い思いをしたことがある。
そこからはあまり足底で蹴らないようにして歩いた。

1時ちょうどにゴール。休憩時間を考えると、1時間5kmぐらいの速さだったか。
大会会場に並んでいる屋台でかけそばと、牡蠣のフライを食べて帰宅した。

それにしても、歩くより走る方がやはり楽しい。ウォーキングは、やはり少し退屈だった。


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# by akirin2274 | 2018-03-12 18:46

至福のとき (瀬崎)   

c0138026_18114674.jpg須永紀子編集/発行の詩誌「雨期」は毎号読みでのある内容である。

その「雨期」の今号の特集は、アンケート:あなたにとって至福の時は?
直球そのものの質問で、かえってみんなどんなことを答えているのだろうと興味を引かれる。

たとえば、阿部日奈子は「長風呂」。湯につかりながら送られてきた同人誌を読むという。う~む、のぼせてしまいそう。
「ビールなんてものはね、」と題した北川朱実の回答は、東海林さだおのエッセイをネタにしている。北川は毎晩彼のエッセイを読んでいる?

私は仕事に追われていて24時間じゅう緊張していたころのことを書いた。ホノルル・マラソンに行くぞっと、すべての連絡手段を遮断して出国ゲートをでたときの開放感のひととき、あれが至福の時だった。

実はもうひとつ私にとっての至福の時があった。
仕事が忙しくなって詩の世界から15年あまり遠ざかっていたときに、なぜか、旧い知人から同人誌の立ち上げに誘われたのだ。
私も何を思ったのか、その同人誌「堕天使」に参加することにした。

その知人以外とは初めて会う同人予定の6人は、東京、京都、大阪在住だった。
そこで彼らとの顔合わせで、恵比寿ガーデンで飲んだのだ。風のない暖かい夜だった。

その夜、ああ、こんな風に詩を書く人たちと過ごす世界があったのだ、と思ったのだった。
それは長く忘れていた世界だった。仕事に追われていた日常からは全く切りはなされた世界だった。
理論ではないものが価値を持ちうる世界の甘い毒を感じてしまったひとときだった。

そして、その夜から、私は詩の世界に戻ってきてしまったのだった。
私はなぜ詩を書くのだろうと自問するとき、いつも、あの夜を経験してしまったからだ、という声が聞こえてくる。


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# by akirin2274 | 2018-03-09 18:13